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2005.11.18

その時・・・地面が動いた!(N○Kのパクリ)

その時とは、忘れもしない3月20日
 
そう福岡西方沖地震。

何十年もこの地に住んでいる人たちが
口をそろえて言う
  『福岡は地震がない』

福岡市民の誰しもが そう信じきっていた。
そんな土地にやってきた地震。
 その日は天気のよい日曜日でした。


午前11時頃
私は飲食店に勤めていて、その日もいつものようにオープン前のフロア掃除中。
同じ階のフロアのキッチンにはスタッフが2人だけ来ていた。

ドーンという落ちるような感覚に襲われる。
縦揺れの後、横に激しく揺れた。
今まで経験のない揺れ。

『何?』『何?』と疑問だけが頭の中をグルグルグルグル・・・。

何もできず、とりあえず何かにつかまり(何につかまってたのか?)
中腰の状態。
その間中 ガシャン ガシャン、パリン、パリン。
そう うちには割れ物だらけ。
棚からグラスや皿やワインなどが雨のように…。

揺れが収まり 皆で無事を確認。

やっと地震だと状況を飲み込めた。

店はケゴ断層の上に位置する。(関係するかは?)

外に出ると、携帯片手に近くの人たちが出てきていた。
この時ばかりは知らない人とも声を掛け合う。

家族は無事か?電話が繋がるまで心配だった。
被害者は?

その後とりあえず、家族とも連絡がつき、店の片付けで
一日が終わる。
うちはどうなってる?
冷や冷やしながら家路に着く。

小物類が落ちたり、食器棚の扉が開き、食器が多数割れていた。
よかった。そのくらいなら、たいした被害ではなかった。

震度6弱、マグニチュード7
震源地は福岡西方沖
死者1名
負傷者700名余

だんだん情報が入るにつれ、あの時の揺れを思い出し、
恐怖が迫ってくる。無性にドキドキする。
余震が続き、おちおち眠れやしない。

火を使う時間帯、寝ている時間帯でなく、パニックにならずにすんだ
日曜日のお昼前だったのが
被害を最小にした偶然だった。

もし都心部の直下型だったら…。

でも、震源地に近い玄界島の被害は悲惨だった。
漁業の盛んな豊かな島。見るも無残に家は崩れ落ちていた。

あれから8ヶ月がたち、体に感じる地震もなくなり、
普通の生活を送ってますが、玄界島の多くの方は
今でも仮設住宅での生活を余儀なくされている。


あの日を境に うちの食器棚には突っ張り棒、
テレビやパソコン、プリンターには滑り止め。
寝室には手動式のラジオも聞ける懐中電灯を用意してあります。

皆さんも何か備えしてますか?





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この記事へのコメント
あの日は博多中の殆ど全てのお店が閉店して、街なかには行き場を失った人が溢れてましたよね。
それは博多駅でも同じで、唯一営業してたパン屋に食べ物を求める人が殺到してました。

あの地震で日本はもうどの地域でも「地震は来ない」とは言えなくなったような気がしますよね。

巨大地震とか巨大台風とかホント勘弁して欲しいなぁ。。
Posted by yui at 2005.11.20 01:05 | 編集
→yuiさんへ

本当です。大丈夫か?地球!
yuiさんも そんな日に福岡来て、大変でしたね。
Posted by コナハナ at 2005.11.20 18:13 | 編集
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