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2006.01.31

里帰り『島原半島』その3

博多ネタ→長崎ネタで。(ラスト)

島原を後にして、家路に向かう途中『原城跡』に寄ってみた。
NEC_0047.jpg

↑天草四郎(益田四郎時貞)
この像は長崎の平和記念像の作者『北村西望』氏作
ちなみに西望氏はこの原城跡のある南有馬町出身です。

1637年『島原の乱』は皆さん聞いたことありますか?


当時、一国一城の令により領主は新たに、7年もの月日をかけ島原城を構築。
農民たちに重税、圧政を課しました。
島原と対岸にある天草の農民たちは戦いました。
早くからポルトガルからの船を入れていたこの土地に
キリスト教は根付いていました。
キリスト教はその圧政からの救いを求めたものになったのでしょうか。
天草の16,7歳の少年をリーダーにし、
廃城となっていた原城を修復し、篭城。
結果、3万7千の農民たちは老若男女かまわず、12万に及ぶ幕府軍に討たれます。
特に私の実家のある南の方は全滅したといわれています。
キリスト教を信仰することで固い結束力もあったのでしょうか。

その後、人のいなくなった この地に幕府の命で 
日本各地から移民がおくられます
…私たちのご先祖様となるわけです。
その中には 小豆島の人も多かったらしく
島原の手延べそうめんは小豆島の人が伝えたとも
言われています。



NEC_0044.jpg

↑向こうに見えるは雲仙。


NEC_0043.jpg

↑海の向こうは天草

今は静かな公園になっています。
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